私の体験を元にしたフィクションです。
文章のみの読みやすい版
私の借金物語
物語に戻る名前を押せない夜
スマートフォンには、親しい友人の名前が出ていました。何度も電話した相手です。用事がなくても話し、くだらないことで笑ったこともあります。それなのに、その夜は指が動きませんでした。
机の上には、開いたままの財布がありました。中身を確かめたところで、さっきと変わるはずはありません。それでも私は、もう一度だけそこへ目をやりました。今月の生活費は使い果たし、新しく借りることもできなくなっていました。
電話をかければ、これまで見せてきた自分ではいられなくなります。かけなければ、明日の暮らしが始まりません。画面が暗くなり、眼鏡をかけた自分の顔が薄く映りました。
私は画面に触れ、もう一度、友人の名前を表示しました。最初に何と言えばいいのか。それだけが、まだ決まりませんでした。
冷める前に、食卓へ
学校から帰ると、台所から食器の触れ合う音が聞こえました。鞄を下ろしたばかりの私に、食卓の向こうから「手を洗っておいで」と声がかかります。急いで席に着くと、父も母も、先に箸を持っていました。
一般家庭の、ごく普通の夕食です。学校で何があったかを聞かれ、思い出した順に話しました。話すほどでもないと思っていたことが、口に出すうちに少し面白くなる。うまく説明できなくても、家族は次の言葉を待ってくれました。
その頃の私は、毎日の食事や明かりが何で支えられているのかを、深く考えていませんでした。朝になれば学校へ行き、帰ってくれば座る場所がある。その当たり前の中にいました。
大学に進むと、食卓の話題は卒業後のことへ変わりました。友人と授業の合間に話していても、「どんな仕事をするのか」という問いが、いつの間にか混ざるようになりました。人の話を聞いたり、こちらの考えを伝えたりする仕事なら、自分にもできるかもしれないと思いました。
選んだのは営業の仕事でした。入社を前に新しいスーツへ袖を通し、鏡の前で襟を直しました。着慣れない服の中で、肩にだけ先に力が入っていました。大人になれば、自分で何とかしなければいけないのだと思っていました。
大学を卒業し、新卒で会社に入りました。初めての名刺を鞄へしまうと、名前の印刷された紙が、自分より少しだけ立派に見えました。
少し背伸びした帰り道
初めて名刺を渡すとき、相手へ向ける上下を、指先で確かめました。覚えてきた挨拶はあったのに、目が合うと口の中で順番が入れ替わります。名乗り終え、相手が名刺を受け取ってくれたところで、ようやく息を吐きました。
そんな小さな緊張も、仕事を続けるうちに少しずつ薄れていきました。相手の顔を見ながら話し、分からないことは持ち帰り、また会いに行きます。できることが増えるにつれて、収入もわりと順調に上がっていきました。
帰り道、以前なら通り過ぎていた店の前で足を止めました。値札を見て、少し迷い、それから「今の給料なら」と考えました。店を出ると、手には新しい袋がありました。何かを買えたこと以上に、それを選べる自分になったことが嬉しかったのです。
背伸びした買い物が、やがて普段の買い物になりました。収入が増えれば、その分だけ生活も大きくなります。友人と会うときにも、財布の中を気にする素振りは見せませんでした。周りから裕福だと思われていることを、悪い気はせずに受け止めていました。
その頃、IPOをきっかけに投資を始めました。パソコンの画面で増えた金額を見たとき、私は椅子へ座り直しました。仕事以外にも、お金を増やす方法がある。そのことが、急に自分の手の届くところへ来た気がしました。
一度閉じた画面を、もう一度開きました。数字は見間違いではありませんでした。会社員としての収入に、投資の利益も重なっていきました。買い物の袋を持った帰り道よりも、まだ先へ行ける気がしていました。
次で、戻せば
初めのうちは、増えた数字を確かめるのが楽しみでした。ところが、思うようにいかない日が重なると、画面を開く理由が変わりました。今日はどれだけ増えたかではなく、どこまで戻ったかを見るようになっていました。
「次で戻せば、大丈夫です」。誰かに説明する予定もないのに、頭の中では、いつも言い訳が整っていました。一度うまくいった記憶は鮮明で、うまくいかなかった記憶には、そのつど理由を付けることができました。
夜、パソコンの前で指を止めると、部屋の静かさが急に気になりました。やめてしまえば、減ったお金がそのまま残ります。続ければ、取り戻せるかもしれませんでした。私は後者ばかりを見て、もう一度画面へ手を伸ばしました。投資は、いつの間にか賭けのようになっていました。
借金の負担も大きくなっていきました。それでも、外では以前と同じ顔をしていました。友人には、ギャンブルのような投資をしていることまでなら話せました。けれど、会話が借金に近づく前に、私は別の話題を探していました。
「仕事の方はどうですか」。そう尋ねれば、相手が話してくれます。頷きながら、私はほっとしていました。隠した話が一つ増えたことには、気づかないふりをしました。楽しい時間の途中でも、机の上のスマートフォンが光ると、先にそちらへ目が行きました。
家へ戻ると、借金をどうにかする方法を調べました。検索する手は動くのに、周りへ相談する言葉は出てきませんでした。できれば、誰にも知られないうちに片付けたい。その願いを抱えたまま、私は任意整理という手続きを考えるようになりました。
封筒をしまった後で
自分で調べ、弁護士事務所に依頼しました。机の向こうで説明を聞きながら、私は書類の端を両手で持っていました。自分だけでは整理できなかった話が、紙の上では順番に並んでいました。これで少し、息ができると思いました。
任意整理が始まりました。帰り道は、来たときよりも肩が軽く感じられました。鞄の中には書類が入っています。とにかく、何かを始めたのです。そのことに、私は強く安心していました。
家で書類を封筒へ戻し、しまいました。会社や周りに知られないまま、手続きは進んでいました。翌日もいつものように仕事が始まり、誰かに呼び止められることもありませんでした。外から見える暮らしが変わらないことを、私は都合よく受け止めました。
机の上には、投資に使っていた端末がありました。封筒をしまった手で、その端末を開きました。手続きを頼んだことと、自分の行動を変えることが、私の中ではつながっていなかったのです。
当時の私の場合は、途中でも新たな借入ができてしまいました。借りられる画面を見て、怖くなるべきところで、私はまだ動かせるお金があると考えていました。任意整理を、正直に言えば軽く見ていました。
書類を持ち帰っただけで、前へ進んだつもりになっていました。その夜も私は画面を閉じず、値動きを追っていました。片付けたはずの問題が、しまった封筒の外で、また大きくなり始めていました。
「今月だけ」が、続いていく
新しく借りたお金が入ると、一瞬だけ胸のつかえが下りました。足りなかった分を埋められる気がしました。けれど、そのお金も投資へ向かっていきました。任意整理の途中なのに、私は借入と投資を繰り返していました。
「今月だけ、つなげば」。そう考えるとき、私は必ず、まだ受け取っていない給料を思い浮かべていました。働いていますし、収入もあります。だから戻せるはずでした。戻せるはずだと考えている間に、次に入るお金の行き先まで決まっていきました。
スマートフォンを手に、しばらく動けなくなることがありました。もう開かなければいいと分かっているのに、開かない間にも、何かを逃している気がしました。画面を消すと落ち着かず、明るくすると、また別の不安が始まりました。
食事の途中で席を立ち、用事が済んでから戻ると、皿の上のものは少し冷めていました。何をしていたのかと聞かれれば、曖昧に答えました。嘘を一つ思いつくより、ちゃんと説明する方が、ずっと難しく感じられました。
大きく勝ちたいという気持ちは、いつしか、せめて元へ戻したいという焦りになっていました。買い物袋を持って歩いた頃の楽しさは、画面のどこにもありませんでした。それでも私は、同じ画面の中から出口を探していました。
借金はさらに膨らみました。「今月だけ」の向こうには、また次の「今月だけ」が待っていました。仕事から帰る道で、翌日の予定は考えられても、その先の暮らしを考えることができなくなっていました。
開いた財布と、止まった指
財布を開き、閉じ、もう一度開きました。その月の生活費を、すべて使い果たしていました。新しい借入も、もうできませんでした。これまで何度も考えた、次のお金でつなぐという方法が、そこで途切れていました。
椅子に座っていても、落ち着けませんでした。明日になれば仕事へ行きます。いつものように挨拶をして、相手の話を聞いて、自分の仕事をします。けれど、それまでの食事や、そこから先の生活をどうするのか。目の前の小さなことに、答えがありませんでした。
私は自己破産を考えました。もう隠しておくことはできないと思いました。給与を受け取る口座はどうなるのか、持ち家で暮らし続けられるのか。確かめる前から、頭の中では心配ばかりが広がっていきました。
依頼していた弁護士事務所には、任意整理中に新たな借入をしていたことから、契約を解除されました。書類をしまった場所を見ても、もう、そこへ頼ればいいとは思えませんでした。自分が続けてきたことを、誰かのせいにはできませんでした。
どこから話せばよいのでしょうか。投資を始めたところからなら長すぎます。お金がないところからなら、あまりに突然です。うまく説明する順番を探していましたが、そのうまい説明ができないせいで、友人にはここまで言えなかったのかもしれませんでした。
スマートフォンを取り、友人の名前を表示しました。画面が一度暗くなるまで見つめ、もう一度つけました。いつか借金が片付いてから、笑い話として話すつもりでした。その「いつか」を待っていては、明日を迎えられませんでした。
私は通話のボタンに指を置きました。呼び出し音が鳴ると、慌てて切りたくなりました。それでも、そのまま耳へ当てていました。
最後まで、聞いてくれる人
友人の声を待つ間に、妻へ初めて借金を話したときのことが浮かびました。最初に打ち明けた相手は妻でした。妻に話してからも、友人の前では、まだ余裕のある自分のままでいたかったのです。
あのときも、私は言葉を探していました。向かいに妻が座っています。机の木目を目でなぞりながら、「話していないことがあるんです」と切り出しました。そこまで言っても、肝心の言葉が続きませんでした。妻は急がせず、私の方を見ていました。
「借金が、あります」。口にしてしまうと、もう言っていないことにはできませんでした。私は、続けて何かを言おうとしました。理由や経緯を、早く並べなければいけない気がしたのです。けれど、妻が先に「まず、聞かせて」と言いました。私は持ち上げかけた手を机へ戻し、途切れながら話し始めました。
耳元で友人の声がしました。思い出の食卓から、今夜の部屋へ引き戻されました。いつもと同じ調子で私を呼ぶ声に、かえって喉が詰まりました。「投資のことは、話していましたよね。その先の話を、していませんでした」。私はそこで一度止まり、借金のことを伝えました。
驚かれることよりも、その後が怖かったのです。見下されるのではないか。これまでの自分が、全部、嘘だったように思われるのではないか。相手が黙るたび、言い訳を足したくなりました。けれど友人は、私が話し終えるまで聞いてくれました。
自己破産を覚悟した私は、親や家族、会社の人にも伝えました。話す前には、同じ不安が何度も戻ってきました。会社では足元を見られるのではないかと思い、いつもならすぐに入れる場所の前で、足を止めました。それでも、一人ずつ話しました。
周りの人たちは、私が想像していたようには慌てませんでした。落ち着いて話を聞き、これからのことを一緒に考えようとしてくれました。張りつめていた話の合間に、いつものように笑ってくれる人もいました。私は、その声を聞いてようやく相手の顔を見ました。
借金を話したからといって、お金が戻ったわけではありませんでした。それでも、電話を終えて机へ置いた手は、かける前より少し軽くなっていました。うまく話せなかった箇所もあります。言い直したこともあります。それでも、最後まで聞いてもらえました。
今度は、続きを隠さずに
別の弁護士に相談することになりました。席に着く前から、話さなければいけないことが頭の中で並んでいました。任意整理をしたこと。その途中でも投資を続けたこと。新たに借り、前の事務所との契約も解除されたこと。どこを取っても、話しやすい経緯ではありませんでした。
説明を始めると、つい、自分にとって言いやすいところだけを選びそうになりました。私は一度口を閉じ、それから、抜かしかけた続きを話しました。怒られるかもしれませんでした。それでも、ここでまた隠してしまえば、同じところへ戻ってしまう気がしました。
相手は私の話を聞き、分からないところを確かめ、書類へ目を通していました。机の上で紙が一枚ずつ動きました。私はその動きを見ながら、自分の話が、相手の仕事として受け止められていることに気づきました。責められる場面ばかり想像していたので、しばらく、その落ち着きが不思議でした。
弁護士が仕事として関わってくれていることは分かっていました。それでも、ここからどうするかを一緒に考えてもらえるのは心強いことでした。分からない点を聞き返すと、私はさっきよりも少し長く、相手の顔を見ることができました。
自己破産を覚悟していた私が、実際に進んだのは個人再生でした。支払っていく額が決まり、自分の生活の中で返していく見通しが立っていきました。書類の数字を見ても、次の投資でいくら取り戻すかを考える必要はありませんでした。
帰りに鞄へ書類をしまうと、最初に任意整理を頼んだ日のことを思い出しました。あの日も安心して、封筒をしまいました。今度は、しまった後の暮らしを考えました。今日何を食べ、次に何を支払い、分からないことを誰に聞くか。先ほどまで話していた相手の顔が、ちゃんと浮かびました。
湯気のある食卓
朝、カップから湯気が上がっていました。両手で包むと、指先がゆっくり温まりました。以前は、飲み物を置いたことさえ忘れ、冷めきった頃に手を伸ばすことがありました。今朝は、温かいうちに口をつけました。
個人再生の返済は、今も続いています。借金がなくなったわけではありません。支払う額を確かめ、生活に使うお金を考えます。予定を見れば、次の支払いがあります。それを見てすぐに、取り戻すための投資へ向かおうとは思わなくなりました。
無理な返済に追われず、支払える範囲で返していく見通しがあることは、毎日の過ごし方を変えました。食事の途中で話を聞き、仕事から帰って、次の日の支度をします。ひとつ済んだら、次のことを考えます。特別な出来事がない日を、そのまま終えられるようになりました。
債務整理を経て、暮らしが明るくなったのは私にとって事実です。ただ、その明るさを思い出すとき、頭に浮かぶのは大きな買い物でも、増えていく数字でもありません。言葉に詰まった私を前に、続きを待ってくれた人の顔です。
任意整理を軽く見て、投資と借入を続けたことは、今も自分のしたこととして残っています。あの頃へ戻って、何もなかったことにはできません。それでも、誰にも話せないと決めつけていた自分には、伝えたい言葉があります。
「もっと周りの人を信用して話してみて。」
机の上で、スマートフォンが短く鳴りました。私は画面を見てから、いったん伏せました。向かいの話が、まだ途中でした。カップを置き、「それで、どうなったんですか」と尋ねました。
明日の朝も
カップを洗って伏せると、窓の外で車の走る音がしました。もう支度をしなくてはいけません。机の上のスマートフォンを手に取り、鞄にしまいました。
返済も、仕事も、今日の暮らしも続いています。玄関で靴を履き、今朝はきちんと相手の顔を見て、「行ってきます」と言いました。